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秋田商外山校長「ライバルの存在」大きい
<検証 盛岡商日本一(5)>
今回、新聞に何度となく「東北勢40年ぶり」の見出しが躍った。その40年前、66年度大会で優勝したのが秋田商だ。57年度に初制覇し選手権優勝2回の、東北サッカー界屈指の古豪である。同校の外山純校長(57)は66年度優勝時の主将でGK。盛岡商の成績に「素晴らしい快挙。斎藤重信先生の情熱と指導力に敬意を表します。40年前? 覚えてないなあ。大阪でしたし。やっぱり国立だよ」と、にこやかに話した。
国立には監督として母校を率い、85、86年度と2度進出した。近年の岩手県勢の躍進には「ライバルの存在じゃないかな。盛商と遠野。秋田もウチと西目農、現在の西目でずっと競い合った。それは人生にも言えること」と語る。斎藤監督とは長年、練習試合や東北大会で交流。「お世話になった。厳しい中にも生徒に愛情を注いでいた」。学年で1つ下の外山校長が国立を先に経験。お互いライバル意識はあっただろう。
8日の決勝はテレビ観戦した。「現場を離れてるから、今のサッカーは分からない」としながら「攻撃の狙いがはっきりしていた。両サイドの速さを生かし、チャンスメークする。後半の2点はまさにそれがつながった」と分析した。さらに「走力、スタミナがあった。この辺が最終的な勝負を分ける」と強調した。
現在より降雪量の多い40年前、冬場はとにかく走らされた。「精神サッカー。常に気力と体力を押し出した」。関東遠征には当時、秋田から上野まで12時間かけ夜行列車で行った。「満員で眠れず朝着いて2試合。また夜行で帰って翌日は授業を受けた」。それでも関東のチームには負けなかった。「悪い環境でどれだけのことができるか、との訓練だった」という。
指導者になってからも、その伝統を引き継いだ。現在も同校は冬場1日15キロ近くは走る。「今の練習内容を聞くとどこも走るね」と外山校長。盛岡商もやはり走る。日本代表オシム監督も「考えて走るサッカー」を掲げる。近年の日本スポーツ界は「走る」という原点に再び戻っている。
外山校長は「盛商に続け」と母校を含めた東北勢を激励した。「本番でやれることがチームの力。負けたところはそれを認め、受け止めること。負けないように頑張ると思えるかどうかだから」。【清水智彦】
[2007年1月15日12時22分 紙面から]
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