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坂田南の山本斉、決意一転プロに挑戦

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指名を心待ちにする酒田南・山本斉
指名を心待ちにする酒田南・山本斉

 東北一番乗りでプロ志望届を提出した酒田南・山本斉投手(3年)が、10月3日の高校生ドラフトを心待ちにしている。今夏の山形県大会準決勝、日大山形戦で延長12回4安打14奪三振と好投しながら0-1で敗れた。一時は野球を続けることを断念したが、決意を一転。プロへの夢に挑戦する。

 現在、山本の元には巨人、中日、阪神、横浜、ヤクルト、ソフトバンク、ロッテの7球団から調査書が届いている。外れ1巡目候補の可能性も十分ある。だが、本人は「指名順とか、特に意識していない。指名してもらったら、どこでも頑張る」と静かに闘志を燃やした。

 野球を辞める決意をあらためたのは、西原忠善監督の「お前はプロに行け」というひと言だった。「聞き慣れない言葉が出てきたので、思わず聞き返してしまった」と山本。中学卒業後すぐに親元を離れ、寮費などの面倒をみてもらった両親とも相談した。「就職して親孝行しようと思ったが、プロへの挑戦も親孝行だと思った」と決意を一転させた。

 栄光と挫折を味わった3年間だった。1年夏の県大会決勝で、その年のセンバツ4強の羽黒に堂々の投球。3回からマウンドに上がり、8回を2失点に抑えるロングリリーフで優勝に貢献した。甲子園3回戦の宇部商(山口)戦でも登板し、スーパールーキーとして将来を期待された。

 だが、その年の秋から、「立っているのもつらかった」と腰の分離症で投げられない日々が続いた。苦しみ抜いて2年春、親に何も告げずに一時、大阪に帰った。だが、自宅の玄関の扉を開くことができず、近くの公園のベンチで「野球を辞めるか、マネジャーとして残るか。一晩寝ずに考えたこともあった」と言う。幸い大阪市内で通った整骨院の治療のかいあって、復帰が可能となった。「人生最大の壁だった」と振り返った。

 日大山形戦では、延長突入後に140キロ台を連発。サヨナラで惜敗したが、149球を投げ抜いた。これがプロスカウト陣の目に留まった。山本は「酒田南じゃなかったら野球を辞めていた」と、感謝の気持ちを持って、10月3日の高校生ドラフトを待つ。【塩谷正人】

[2007年9月29日12時36分 紙面から]


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