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一迫商は2年目父子鷹で頂点へ

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「熊谷監督を甲子園に連れて行く」と意気込む一迫商のメンバー
「熊谷監督を甲子園に連れて行く」と意気込む一迫商のメンバー

<目指せ甲子園、丸ごと宮城>

 一迫商(宮城)が熊谷貞男監督(52)と長男健太郎二塁手(2年)の父子鷹で初の頂点を目指す。過労による体調不良で4月20日から療養していた熊谷監督が7日、練習試合の小牛田農林(宮城)戦で復帰した。開幕直前の吉報に、健太郎もナインも奮起。この試合を15-6で勝利すると、翌8日には春の東北王者・一関一(岩手)も5-3で撃破した。2番打者で2試合8打数4安打と好調を維持して開幕を迎える健太郎が、父に甲子園出場という快気祝いをプレゼントする。80校が参加する宮城県大会は今日10日、東北6県のトップを切って開幕。みちのくでもいよいよ夏の熱戦が始まる。

 ベンチ前でメガホンを持ち、大声でナインに指示する熊谷監督の熱血采配が復活した。春先、倦怠感を覚え、4月20日から休職した。気仙沼水産(現気仙沼向洋)を指揮して10年目の91年ごろにも、疲労感が抜けず、約3カ月療養したことがあった。今回も同じ症状だった。体育教師、監督としての多忙な日々と責任感が、体の中に疲労を蓄積させていた。

 開幕直前の今月7日、約2カ月半不在にしたチームを久々に見た熊谷監督は「ちょっとした荒さは気になったが、思ったより落ちていない。不在の間もよくやってくれた」と選手をねぎらった。健太郎については「最悪だね。もうすこしがむしゃらさが欲しい」と手厳しかったが、父子鷹の挑戦は開幕ぎりぎりで間に合った。

 昨夏も健太郎は1年生ながら、3番二塁手で全試合フル出場した。5割近い打率でチームの8強入りに貢献した。熊谷監督の指導のもと、さらにパワーアップした今年は「最終学年のつもりで、気持ちを込めて戦いたい」と決意を語った。

 父・熊谷監督の影響で小1から野球を始めた健太郎だったが、幼いころ、一緒にキャッチボールをした記憶がないという。「高校野球の指導に忙しかったため、試合を見に来てくれたのも中学時代の数試合程度」と振り返った。

 中2まで進路は特に意識していなかったが、中3に進級する05年春、大きなきっかけがあった。一追商の甲子園出場である。前年秋の東北大会で8強進出を決めた同校は、21世紀枠で悲願の初出場を果たした。甲子園初戦で修徳(東京)を破った試合を、健太郎はスタンドで観戦していた。「感動して涙が出そうになった。一緒に生活している父が、甲子園に立ってる姿は信じられなかった。ここでプレーしたいと思った」と入学を決意した。

 父が療養中「心配をかけたくなかった」と、家庭では野球の話しは回避した。復帰にも「あえてメッセージはない。特効薬は甲子園出場ですから」と健太郎。一方の父は、3種類の薬を1日3度飲みながらの出場だ。「1週間前までは、ベンチに立てるとは思わなかった。今でもしんどいが、グラウンドで死ねれば本望。運ぶ人は大変だろうが」と笑った。

 ほぼ無名校を、県内有数の強豪に仕立て上げた名将が戻ってきた。「目標は甲子園出場ではなく、全国制覇」という熱血漢の父と、学年トップの成績を誇る冷静な息子。父子鷹2年目の夏が始まる。【塩谷正人】

[2007年7月10日10時35分 紙面から]


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